テクニカルサポートのメモ

ソフトウェアメーカーのサポート担当が書いています。

マンガから学ぶ、トラブル発生時にいつも通りの対応をするための技術

本記事は、「アプレッソ Advent Calendar 2015」4日目の記事です。

qiita.com

 

技術者として仕事をしていると、トラブルに巻き込まれる 困っている人から助けを求められる場面が多くあります。

1日目の記事で、営業から「これできる?」と聞かれたときに開発者が考えていることや工夫していることがわかりやすくまとめられていました。しかし、ソフトウェア開発では「これできる?」(リリース前の開発)のほかに「これやばい!」(リリース後の障害対応)といわれることもあります。

リリースして無事売れれば、製品は人の営為に組み込まれ、利害関係が根を張ります。そのため、売れた後に製品の問題が見つかると「業務が止まっている!」「カットオーバーに間に合わない!」など関係者から強いプレッシャーをかけられることになります。

このような状況では、混乱していて判断に必要な情報が集められなかったり、精神的に追い込まれていつもなら思いつくことが思いつけなかったり、関係者の調整に失敗して技術的に正しい対応ができなかったりします。

わたしはソフトウェアメーカーでテクニカルサポートをしていて、そのような「これやばい!」の対応を多く経験してきました。そのような状況でもいつも通りに能力を発揮して、技術的に正しい対応が取るためには、よく陥る状況の事前知識やそれに対する心構えなどのある種の技術が有用です。具体的な例を出すと差支えがあるので、マンガを例に説明したいと思います。

1.理解できない状況でもあきらめずに事情を聞く

「なんでこんなことに?」と言いたくなるような、いつも技術に触れているものから見たら、愚かとしか思えないような判断によって起きるトラブルがあります。明らかに効率の低い処理を組みながらパフォーマンスの低下を嘆いていたり、本質的とはおもえない質問を連続でしてくるものの何が問題なのかさっぱりわからない、という状況です。

その状況であれこれ聞き出すのも疲れるし、聞いているうちに相手が怒り出すこともあるので、とりあえず断ってしまうか、「何をいっているかわからないが、とりあえず言われたことだけやっておこう」と手だけ動かしたくなってしまいます。ただし、それでは事態の収束は遠のき、問題がかえって悪化することがよくあります。

架空世界での内戦を描いた『GROUNDLESS』でも「なんでこんなことに?」という状況が多く出てきます。

f:id:tk_support:20151203201610j:plain

舞台は過去に大陸からの侵略を受けて植民地化された島で、大陸から受けた理不尽な隔離政策によって不満をためた住民たちが反乱軍が結成して、各地でテロや略奪をしています。ストーリーは反乱軍から街を守る自警団を中心に展開し、その自警団に所属している隻眼の女性スナイパーが敵を一掃していくシーンが大きな見せ場です。

ただし、この漫画で描かれるのは、そのように卓越したスキルで成功を収める人物だけでありません。スキルも体力もないのに志願してきた兵士、立てた作戦を無視される参謀、作戦を無視して自滅する現場など、スキルや信念が無い人たちも丁寧に描き、自分勝手な行動が状況を動かす様子を丹念に捉えます。
f:id:tk_support:20151203222247j:plain

『GROUNDLESS : 2-第三穀倉地域接収作戦-』p.93 : 事前ミーティングでフラグを立てまくる反乱軍のみなさん

このときに各人が抱える事情、スキルや体力がなくても家族を見返すために兵士になりたかった、生活環境や教育水準の差が激しくて相手の心情が理解できない、作戦がよいのはわかってても現場を守る自負のために受け入れられない、なども描かれるため、「なんでこんなことに?」という状況が、それぞれどうしようもない理由から必然的に導かれた結果であることがわかります。

ただ愚かなために起きたように見えても、ほとんどの場合はその背後には誰かの事情があります。事態を収束するためには、その事情を汲んだ上で手を打った方が効果的です。また、相手の事情を想像するときには、自分と同じような知識や意思があるか、さもなくば何も無いと思ってしまいがちですが、たとえすぐに理解できなくても、人それぞれの知識や意思があります。

『GROUNDLESS』を読むと、そのことを思い出します。

 

2.空気に流されずに事実をおさえる

本番環境のトラブルは何度経験しても慣れないものです。「システムが止まって困っている人がいる」「発注などの手続きが止まって被害が出ている」とまくしたてられて、平常心を保つことは困難です。

さらにすぐに原因がわからないとなると、落ち着いているだけで「やる気がない」と怒られることもあります。頭で考えている間は状況が動かず関係者の不満も積み上がりますから、とりあえず面倒なことは棚に上げて、とりあえず手を動かしたくなります。ただし、たまたまそれで解決すればよいものの、的外れだっだときにはさらに厳しい状況に追い込まれることになります。

病理医が主人公の 『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見』 で、同じような状況が出てきます。

f:id:tk_support:20151203203428j:plain

病理医はわたしたちが日常生活で会う機会がない専門医です。わたしたちが病院にいって会う医師は「臨床医」で、「病理医」は患者と直接話すことはなく、検査や手術で取った血や体組織を調査して、病気の原因と機序の間にある因果関係を解明する裏方です。

主人公の岸先生は、確固たる臨床的根拠(エビデンス)を提供して臨床医の正しい診断を助けるという病理医の仕事にプライドを持っています。そのため、エビデンスを軽視する臨床医には容赦しません。立場や面目がチリほども残らなくなるほど徹底的に論破し、同時に原因不明だった事態に筋道だった説明をつけてすっきりと解明していきます。このカタルシスが作品の魅力の一つです。

とはいえ臨床医にも都合があります。忙しいので一人に時間をかけられない、検査をするとお金がかかって偉い人に怒られる、診断がつかないと治療に入れないのに患者の具合がじりじり悪化していく。現場で受ける圧力は強く、空気を読んで見切り発車で診断せざるをえません。

2巻に収録されている「岸先生、ご友人です!」では、原因不明の腹痛と発熱を訴える患者を何度も繰り返し検査するものの診断の根拠となるサンプルが取れず、日を追うごとに患者が衰弱していきます。担当の臨床医はその状況に耐え切れず、根拠がないままに投薬治療に入ってしまいます。

f:id:tk_support:20151203221816j:plain

『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見(2)』p.126-127 : 見切り発車した臨床医を問い詰める岸先生(髪の色が抜けているほう)

原因不明の問題が起きて調査をしていると、お客様が困っているからなんでもいいからできることをやってほしい、と求められることがあります。わからない状況はつらいです。依って立つ足場もなく、目の前では人が苦しむか怒るかしている。「お客様のために」は正しい言葉ですが、事態を悪化させたときに「お客様のためにと言われたから」は言い訳にできません。つらくても空気を読まずに踏みとどまって、事実をおさえるための努力を続ける必要があります。

人当たりのきつさは置いておいても、『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見』 は、その高い職業意識について見習うところが多いと思います。

 

3. 自分が正しいときこそ落とし所に気を配る

トラブルの調査をしていると、問題は自分の担当範囲外で発生していた、ということもあります。これまで100%そちらの責任だとばかりに言い募ってきた関係者がきまり悪そうに言いよどんでいるのをみると、『フラジャイル』の主人公のように相手を問い詰めて溜飲を下げたくなります。

ただそれでは後々の対応に支障がでます。そのような場合の適切な対処に関しては、『マージナル・オペレーション』に参考になる場面があります。

f:id:tk_support:20151203203433j:plain

主人公は民間軍事企業に就職した元ニートで、現場の作戦行動を指揮するオペレータに対して遠隔地から指示を出すオペレータ・オペレータとなり、コンピュータゲームで鍛えた記憶力と判断力を駆使して自分が指揮する部隊を何度も窮地から救います。

民間軍事企業はビジネスとして戦争に関わる企業なので、職場は紛争地帯、クライアントは政府や武装勢力、人命は日常的に失われます。とある事情から、主人公は非戦闘員が殺された武装勢力からの仕事を引き受けます。正義はその武装勢力にあり、主人公のスキルをもってすれば敵に痛手を負わせることも容易です。報復を受けて壊滅するリスクはありますが、クライアントはそれでもかまわないと覚悟を決めています。

しかし要望も道理も手段も覚悟まで揃ったこの状態でも、「死は敗北」と心に決めている主人公は、双方の損害を最小限にして事態を収拾するための落とし所を探ります。

f:id:tk_support:20151203221639j:plain

『マージナル・オペレーション(3)』p.169から抜粋 : 主人公は仕事のときはスーツを決めているので紛争地帯の岩山でもスーツ

実利よりも感情を優先することは簡単で、心地よくさえあります。ただし、首尾よくやりこめて溜飲を下げても、相手を場から完全に取り除くのはたいてい不可能なので、根にもたれて本質的でない言い合いに引きずり込まれて状況が停滞することもあります。自分が正しいときこそ、落とし所の探りあい、ある種の馴れ合いが必要です。

そこに憎い敵をやりこめたときの爽快感はありません。かわりにリソースを最大限温存して状況をうまく収束させたという達成感があります。また、あまり大きな力を持たない者が、強大な力の間をすり抜けながら、自分や身内を守って生き延びるために必要な技術でもあります。

ストレスが溜まってどうなってもいいからスッとしたくなったら、『マージナル・オペレーション』を思い出すようにしています。

 

最後に.

まとめてみると、状況は違っても、どれも感情に流されずに落ち着いて考えてみほうがよい、という内容になりました。

感情は理屈よりも速くて強いので、流されたり巻き込まれたりしがちです。しかしながら、たいていの場合はそのまま身を委ねるよりは一度踏みとどまって考えたほうがよい結果になります。

感情から流されることなく常に冷静でいるというのは非常に難しく、わたしもよく失敗しますが、この記事が後で後悔するような判断を防ぐ一助になればと思います。

 

参考文献

影待 蛍太(2014~2015) 『GROUNDLESS(1)~(5)』(アクションコミックス)双葉社著者サイト

草水敏, 恵三朗 (2014~2015) 『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見(1)~(4)』(アフタヌーンコミックス)講談社公式無料配信サイト

芝村裕吏,キムラダイスケ(2014~2015)『マージナル・オペレーション(1)〜(4)』アフタヌーンコミックス)講談社公式無料配信サイト